20151228

「ワーキングマザー」「働くママ」にという言葉に感じる違和感

【旧暦霜月十八日 冬至 麋角解(さわしかのつのおつる)

翻訳をしていてworking motherという表現が出てきました。日本語でも「ワーキングマザー」「働くママ」と翻訳されています。

改めて、すごーく変な言葉だと思いました。

家族の健康のために食事をつくったり、きれいにおうちを整えたり、子どもの成長を支えたり、母はマザーであるだけですごく働いていると思います。それなのに、生活に必要な営みをしている母親のことを「働いていないママ」「ノンワーキングマザー」とでも言わんばかりでとても失礼だと思います。

文脈的にも会社勤めをしている女性限定だったので、私は「会社勤めをしている母親」「会社で働く母親」と訳しました。たぶん、「“ワーキングマザー”って言うのよ、知らないの?」って思うチェッカーさんもいるんでしょうけれど、こういう深い思考の伴わない訳語が、「女性は基本的には家事をするもの」「家事は働いているとは言えない瑣末な雑事」という暗示を広げます。

文化を創造する翻訳者の端くれとして、訳語が社会に与える影響には常に敏感でありたいと思っています。

「ワーキングマザー」という言葉は、大半の文脈において、フリーランスで働いている女性すら含まれていません。

「働く」の定義が、「企業に勤めて金を取ってくること」っていう狭い意味でしか使われていないということの表れであって、こういう思考だから、フリーランスで働く女性や女性の起業家が働きにくい状況に置かれているし、変わっていかない。

思考の切り替えが重要だと思います。

またworking motherという言葉に出会ったら、こりずに「会社で働く母親」と訳します。

working father=「ワーキングファザー」「働くパパ」という言葉が使われないのと同じように、working motherという言葉自体、見ることがなくなる世の中を願っています。

ついでに、「イクメン」って言葉もイラッと来ます。「はあ!?父親も親とちゃうんかい!?」って言いたくなる。すでに長くなりましたので、これについてはまた後日改めて・・・。

20151226

コンポストトイレ第2号

【旧暦霜月十六日 冬至 乃東生(だいとうしょうず[=なつかれくさがはえる])

コンポストトイレ、第1号はお客さん用にはちょっと・・・という感じで、考えあぐねていたところ、
山暮らしのおされな友人から落ち葉トイレのことを教えてもらい、我が家でも導入することになりました。

1号機はいろいろ大変でした。。。2号機は慣れたら快適。

落ち葉集めの手間がありますが、庭が綺麗になります。トイレをしたら、落ち葉をかけておき、こまめに中身をコンポストや畑に掘った穴に捨てます。紙は土に還りにくいので、別に分けておいて燃やします(灰にして畑に入れても大丈夫なように、うちでは無漂白の紙を使用)。

畑の堆肥づくり(これからがシーズンですね)では、踏み込み式堆肥というやり方があり、落ち葉→鶏糞などの動物の糞→落ち葉→糞と重ねて、踏み込んで発酵させます。

この方式なら、そのまま畑にぽんとするなり、コンポストに捨てるなりして踏み込めば、そのままこの順番に。大小に分かれて臭わないし、堆肥作りにもそのまま使えて便利です。

20151217

クリスマスの起源

【旧暦霜月七日 大雪 鱖魚群(さけのうおむらがる)】

昨日、クリスマスがあんまり好きじゃない話を書きました
だって、そもそも、クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝う行事でしょ?

……と書こうとしたのですが、「はて、待てよ?果たして本当にそうか?」と思い、調べてみました。(注:筆者はクリスチャンではありません)

調べてみると・・・実は違ったのですね。キリストの誕生日がいつであるかには諸説あるそうで、聖書にも記述がないそうです。

20151216

商業的なクリスマスをどう思う?

【旧暦霜月六日 大雪 鱖魚群(さけのうおむらがる)】

日本の商業的で、メロドラマ的なクリスマスは好きではありません。ハロウィンの後に一気にやってくるクリスマスムードには違和感を感じるほうです。

先日、友だちともそんな話になりました。
1カ月に1つは何かしらのイベントが作られていて

1月―お正月
2月―バレンタイン
3月―ホワイトデー
4月―イースター
5月―母の日、ゴールデンウィーク
6月―父の日、ジューンブライド
7月―七夕
8月―お盆
9月―シルバーウィーク、敬老の日
10月―ハロウィン
11月―サンクスギビング、ボジョレー解禁
12月―クリスマス

これって完全にお金使わせる作戦よね~、日本人って踊らされちゃってるよねぇ。って話になりました。

20151210

国立大授業料2031年度54万→93万に?すでに世界一かもなのに。

【旧暦神在月廿九日 大雪 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)】

先日、奨学金の問題について書きましたが、マルチリンガル通訳&翻訳者さんのブログに、表とともにわかりやすく各国の状況が比較されていました。感謝です。やっぱり、複数の言語で情報を収集できると、洗脳されにくいですね。


ダントツです・・・。

このときでさえダントツだったのに、さらに・・・(赤字は筆者)

20151209

あべこべな日本語

【旧暦神在月廿八日 大雪 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)】

この国、日本は不思議な国だ。

真実を語ることを「批判」と呼び
真実を求めて追求することを「疑い深い」と軽蔑する。

政府や経済界の言うことを鵜呑みにし
横流しするマスコミの情報のことを
「真実」と呼んでいる。

政府や経済界に都合のいいことだけを
伝える報道を「ジャーナリズム」と呼び、
都合のわるいことでも納税者に知らせるべきことを
伝える報道を「偏向報道」だと攻撃する。

不完全な科学を「科学的」だと盲信し、
心ある真の科学者の警告を「エセ科学だ」と揶揄する。

戦争をしたい人たちのことを「保守」と呼び、
平和を守りたい人のことを「過激派」と呼ぶ。

憲法を壊す人のことを「保守」と呼び、
憲法を守ろうよという人たちを「過激派」と呼ぶ。

原発で自然を壊す人たちのことを「保守」と呼び、
環境を守りたい人のことを「過激派」と呼ぶ。

放射能汚染をなきものにして
人の健康を壊す人たちのことを「保守」と呼び、
汚染から命を守ろうとする人たちのことを「放射脳」とばかにする。

遺伝子組み換えを持ち込んで
生態系を脅かす人たちのことを「保守」と呼び、
これに反対して種の多様性を守ろうとする人のことを「過激派」と呼ぶ。

公約違反でTPPに参加して
国民皆保険制度の壊滅をはじめ、
人々の生活を破壊する人たちのことを「保守」と呼び、
TPPを阻止しようと声をあげる人たちを「過激派」と呼ぶ。

どうでもいいと無関心でいる人たちが「普通」とされ、
関心の高い人たちは「意識高い系」とバカにされる。

人と違うことを「過激」と呼び、
みんなが黒だと言うときには
白を見ても「黒」と言うことが是とされる。

「過激」と呼ばれても、白を見たら白と言う。
真実を求めて追求する。
そういう仲間が日本中に、世界中に増えている。
隠れている善良な人たちも実は結構たくさんいる。
早く仲間に入りませんか。
命を大切にする人たちが「普通」になる日はまだですか。

>関連記事:20120902 埃

20151201

ビジョンで描いたもの以上のことが現実になることもある

【旧暦神在月廿日 小雪 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)】

このまえ、日本の奨学金制度が変だよね、という話を書いたときに、私もよく大学に行けたもんだなぁと、中学生のころを思い出しました。不思議なめぐり合わせで今があります。

ビジョンを描いて強くイメージするとその通りになると、よく言われますが、ときにビジョン以上のものが実現することがあるもんだと思いました。

私の人生を大きく変えた先生が2人います。

20151129

今日は小さき声のカノン―選択する人々を見に行ってきます

今日は高松でこの映画を観てきます!鎌仲ひとみ監督の最新作です。

小さき声のカノン 公式HPはコチラ
小さき声のカノン―選択する人々
http://kamanaka.com/canon/

*お近くの上映会情報はコチラでご覧になれます。
http://kamanaka.com/theater/

*高松での上映会情報はコチラ→http://kamanaka.com/theater/area05/5389/
鎌仲監督もいらっしゃるそうです。

お近くの上映会、お時間あったらぜひ^^ また感想ご報告しますー。

20151126

火鉢の季節

11月とは思えないような暖かい日々が続いていたのに、急に寒くなって火鉢を出しました。


ぬくぬくです。木の長火鉢は足元が寒いけど、金属の手あぶり火鉢は、金属を伝わって足元にも熱がくるので、まわりにいればかなりあったかいです。隙間風がなければ、部屋全体も温められると思うのですが・・・。

手あぶり火鉢は軽っこいので、移動できます(鍋つかみミトンを忘れずに)。玄関でお隣さんと火鉢を囲んで話し込む。炎見ながらだとなぜか深い話に。ゆったり流れるいい時間はプライスレスです。

やかんもかけられます。



お湯もわいて身体もぬくもる。炎を眺めて心も温もる。火のある生活はいいものです。薪ストーブも欲しいなぁ。

幸せな人が増え、視野が広ってより高いレベルの幸せを考えられる人が増えると、世界は良くなるという仮説

【旧暦神在月十五日 小雪 虹蔵不見(にじかくれてみえず)】

尊敬する活動家の田中優さんがよく運動のタテ・ヨコ・ナナメの話をされます。タテは政治、ヨコは市民に広げる活動、ナナメはそれ以外。

私はナナメを考えるのが好きです。

ナナメの方向の一つとして、最近相方と話していて、どっちか(定かではない)が閃いたことがあります。それは、幸せで満ち足りた人を増やすこと。これなら小心者の私でもできると思いました。

「社会問題とかってあんま興味ないんだよね~」ってかっこつける人(私から見るとかっこよくないが)、スピリチュアルボケしちゃっている人、「どうせわかんないしー」って愚かなフリをする人の共通点は、自分の心が満たされていないことです。

自分がハッピーじゃない。思考が自由じゃない。だから、自分のこと、自分の周りの狭い範囲のことで頭と気持ちがいっぱいいっぱいになって、地球の環境や社会のことに目を向ける余裕がないのです。視野が狭すぎる。でも、それでいっぱいいっぱいなのもわかる。自分もかつてはそうでした。こういう人たちは、まずは自分が幸せになる必要があります。

反対に、社会の問題にまっすぐ目を向けて行動をしている人たちは、自分は恵まれているという感覚があるみたいです。自分が幸せでたまたま恵まれた境遇にあるから、たまたま不運な状況にある人たちを少しでも早く楽にするためにできることをしたいと思っているように見えます。

そして、世のため、人のための活動をすることでまた、心の中に活力が生まれる。腹の底から力が湧いてくる。すっごくいきいきしていいオーラが放たれている感じがします。東京時代、宇都宮けんじさんfacebooktwitter)を生で見たことがありますが、まさにそんな感じがしました。

自分が幸せで満ち足りている人は、自分に降り掛かってくる問題に対処する時間が、そうでない人たちよりも少なくて済み、もっと大きな視野で世界の動きと自分のつながりを俯瞰して、考え、行動に移すことができます。環境問題、戦争、政治の状況、低い投票率、貧困、労働問題、ジェンダーの問題、不自然な食べもの―こうした問題は、実際、他人事ではないのです。巡り巡って、自分の生活の不安要素になってしまうからです(これについては環境の面でですが、過去に「エコ=エゴ?」という記事を書いています)。

だから、幸せで満ち足りた人を増やすことができたら、その人たちはきっと、頭と心に余裕ができて、もっと高いレベルでの幸せ、世界全体の幸せを考えるようになって、行動に移せる人も増えていくと思います。

幸せで満ち足りた人を増やすこと。方法はいろいろあると思います。だれかの悩みを聞く、(とくに当たり前のように扱われている人に)感謝をする、ほめる、笑いをおすそ分けする、本来の自分の望みに気づく手助けをする、いいところに気づいて本当の自信をつけてもらう手助けをする、今ある豊かさ、幸せに気づくきっかけをつくる、などなど。孤児院で奉仕活動をしているうちに、自分がすでに持っている幸せに気づけるようになったという人の話も聞きました。そういう機会をつくるのも一つの方法かもしれません。そこから、自分と広い世界との関連を考えられる人たちが増えていったら、世の中はもっともっとよくなる。これもナナメの方向の一つかなと思います。

20151124

日本の奨学金制度について考えてみた。うーん、デンマークがうらやましい。

リテラにこんな記事が出ていました。
これでも奨学金は自己責任なのか? サラ金より過酷な取り立て、巨額延滞料、それでも借りるしかない現実!(リテラ 2015.11.24)

こんな本が紹介されていました。読んでみたいと思っています。

日本の奨学金はこれでいいのか! ―奨学金という名の貧困ビジネス


日本でもようやく少しずつ話題にされるようになってきた日本の教育支援体制の問題点。そもそも、日本の公的な奨学金は貸与型なので「奨学ローン」と呼ぶのが正しいようです。
"利子がつくか否かにかかわらず、返済しなければならない「奨学金」のことを、外国では「教育ローン」と呼ぶそうだ。日本の奨学金の概念は、国際標準からズレているらしい。"
夢をかなえようと借りた奨学金を返すために、夢をあきらめる不条理(マガジン9 2011.2.2)より
以下のグラフはOECDが2013年に発表した「図表で見る教育」からのデータです。縦軸が大学の学費の額(上に行くほど高く、下にいくほど安い)、横軸が公的な奨学ローンまたは奨学金(給付型)の恩恵を受ける学生の割合(右へ行くほど多く、左へいくほど少ない)です。

OECD「図表で見る教育」日本カントリーノートより
日本は、ポツンと左上のゾーンにあります。つまり、学費が高くて、奨学金などの教育支援が少ない唯一の国だということです。Huffington postの記事「教育への公的支出日本は最下位 奨学金制度が鍵=OECD報告書」に簡単にまとまっていますので、ご覧になってみてください。

教育評論家の尾木直樹さんは、NHKの番組で次のように語っています。
"国際人権規約で定められている「高校・大学の学費無償化条項」という項目があるのですが、この条項の批准を拒否しているのは、国連加盟国の中で日本とマダガスカルの二カ国だけなのです。国連からも、改めるよう勧告を受けています。"
【出演者感想】尾木直樹さん「日本の奨学金制度は国際標準とは呼べない」(NHK『シリーズ・貧困社会』2013.05.20より)
日本の公的な教育支援体制が他国と比較したときに、大いに改善が求められるということを、私も数年前までは知りませんでした。

「貧乏だもの、借りられるだけありがたい」と思って借りました。大学を出ればいい企業に入って一生安泰だから、らくらく返せると思っていた高校生のころ。でも、実際には、終身雇用の一生安泰な会社勤めの時代なんて、とっくの昔に終わっていた。私が高校生の頃にはすでに「過労死」という言葉が流行っていたし、今では「ブラック企業」「ブラックバイト」「社畜」なんて言葉が日常的に使われるくらい、働いて人間らしい暮らしを送るのが難しい時代になってしまっています。

いざ卒業してみると、返済のきついこときついこと・・。全部で400万円以上の借金をかかえて卒業しました。税金の控除があるとありがたいのですが、そんな制度は今のところありません。それでも、好きなことを仕事にして、返済できるだけ、恵まれています。

奨学金によるメリットは、学生に限定されるものではありません。前述のマガジン9の記事に、びしっとこう書かれています。
"「奨学金は林業だ」と岡村さんは語っていた。貸与の効果は世代を超えて還元される、息の長い営みである。そして、その最大の受益者は社会だ。NHKの番組で学者が指摘していたが、人材を育てることが経済成長につながり、結果として国の競争力を高めると見れば、目先の「成果」だけにとらわれず国を挙げて支援すべきことは自明の理だろう。"
国が教育を支援することは、貧乏人へのお情けではないのです。国全体の発展と幸福のために必要な投資です。

先ほどのグラフで、右下のゾーン、つまり学費が安くて奨学金が充実している国の一つ、デンマークの状況がひっじょーーーにうらやましいので駐日デンマーク大使館のツイートを引用します。本当の「先進国」ってこれなわけですよ。

ほんでもって、会社を出たあともこうです。

いやはや。。はい、デンマークで仕事を探したいですね。やはり教育は投資。繁栄しています。

なぜ、デンマークはこんなに羨ましい状況なのか? それは政治への意識の高さにあるようです。
望む未来をつくることは、国民一人一人の意識と行動しだいです。日本がこんな状況なのは、政府のせいでも、おっさんたちのせいでもなく、自分たちの無頓着、無関心、無気力、無力感にある。デンマークを見習って、政治を通じても声を届ける努力をしていきたいです。


スピリチュアルボケ

【旧暦神在月十三日 小雪 虹蔵不見(にじかくれてみえず)】

スピリチュアルボケはあかんです。これを書くのは、自分への戒めとしてでもあります。

自然のすごさを体感していくうちに、スピリチュアルな世界があると感じるようになってきたのですが、ポジティブシンキングがいいとか言われると、怒りを感じずにはいられないような社会の現状に目をそらして、あほに明るい未来予想をしてみたり。気持ちを乱すニュースを見ないようになっていたり。その結果、どんどん危機感がなくなっていく怖さを感じました。

スピリチュアルの本を読んでいると、気分が悪くなる話は避けろ的なことがたくさんでてきます。「引き寄せの法則」のよく売れている解説本にも、そんなアドバイスが載っていました。怒り、悲しみ、いらだち、落胆、心配、非難などのネガティブな感情は、低い波動の感情だから、なるべく持たないようにしなさいというアドバイスです(エイブラハムは本当にそう言ったの?って思うけど)。

「言霊」にしてもそうです。ネガティブな言葉は使うなと。ポジティブな言葉を使いなさいと。

「ポジティブ・シンキング」では、ネガテイブなことを考えずに、なるべく物事のいいところに目を向けなさい。そうしないと、ネガティブなことが現実になってしまいます、と。

ポジティブなことを話すために、ポジティブな未来を描くために、なんでそっちがいいのかって話をするには、現実に起こっているネガティブなことも言わざるを得ない。でも、ネガティブなことを、考えてもだめだ、語ってもダメだ、と言われる。じゃあどうすりゃいいのさって思う。

正直に言うと、スピリチュアルに逃げてたほうが楽なんです。祈りの力が科学で証明されたと言われれば、祈りだけで解決できるような気になり。あなたのインナーボイス、ハイアーセルフ、直感が教えてくれると聞けば、情報を集めて比較しなくてもいいような気になり。デモに行ったり、署名したり、情報を吟味して意見をまとめて発表したりするより、心静かに祈って、明るい未来予想にいい気分になっといたほうが楽なんです。

でもそれじゃ社会は変えられないでしょう。変えようとしてはいけないともスピリチュアル系の本にはよく書かれている。じゃあ、今のままでいいわけ?

急いで無理やりに変えようとするのは、もちろん、個人の意思をないがしろにすることだから、それをいいとは思わないけれど、相手が変わる機会を与えること、こういう考え方もあるよ、その在り方だとこういう問題も起こっているよ、と知らせることは、わるいことではないと思います。変わるか、そのままか、きっかけを与えるだけで、どうするのかはあなた次第。そういうスタンスで、自分の思っていることを言うことは、知っていたらやりたくなかったっていう人もいるわけだから、全然わるいことではないと思います。

自分の意見を話していたら、「あなたのしていることは押し付けだ、押し付けは良くない」って言われたこともあるけど、そういうあなたは、自分の意見を表明することを「押し付け」と定義して表明しないがために、相手に意見を押し付けられて、それに服従して、結局、地球によくないこともしているし、自分の大事な信念を曲げている。それでいいの? そういう批判って、単に、自分が本当はやったほうがいいのに、やらないことを正当化するために、スピリチュアルを利用しているだけだと思います。

キリストもブッダも、ガンジーもマーチン・ルーサー・キングも、世間一般に広がっているよくないことを指摘したし、正しい考え方を提示しました。真実を突きつけられて、自分の過ちを示されて、気分を害した人もたくさんいたでしょうし、それで迫害も受けました。でも、きっと、自分は正しいことをしているという確固とした自信があったから、過ちをおかす人々を憎まず、真実の言葉を語り続けたのだと思います。私はそういう人になりたい。そのためには、スピリチュアルボケは、遠回りだし、地球が破滅に向かっているのを止めるのには手遅れになってしまうんじゃないかという危惧を感じます。


20151123

マイナンバー、受け取り拒否アクションに参加

私はマイナンバー法には反対です。

田中龍作さんの調べによると、「障害者手帳、児童手当などを受け取る場合は必要」ということ。私は今のところ必要がないので、拒否することにしました。

三宅洋平さんも、田中龍作さんも、おしどりマコさん&ケンさんも、まるじゅんさんも、高坂勝さんも、受取拒否を表明してくださっていたので、私もこのアクションに参加する勇気をもらいました。

この記事↓を読んで、
●マイナンバーに立ち向かう、民主的非暴力不服従行動がはじまっている

どうしようかなぁ、と悩み、決めかねていたのですが、こんな情報が入り、
●<マイナンバー通知カード受け取り拒否運動>郵便局に223万通、自治体に返還84万通 ~マスコミは決して「受け取り拒否運動が起こっていて、戻ってきている」とは言いません。

みんなでやったら、効果ありなので、私も参加することに決めました。もしどうしても必要になったら、住民票に記載されるので、住民票の発行で対応します(前述の記事「マイナンバーに立ち向かう、民主的非暴力不服従行動がはじまっている」をご参照)。(…が、家族が受け取ってしまい、受取拒否と書いてポストに投函すれば郵便局に戻るということだったのでそうしたのですが、その日のうちに郵便局の方がもう一度届けに来てくれました。曰く、サインされたものは受取を拒否することはできないとのこと。役所に送り返している人もいたのですが、そこまでお金をかけるのもなぁ…と思い、しょうがなしに受け取りました…。)

なんで反対かというと、そもそも、人間に番号ふるって奴隷じゃないんだから、失礼すぎるじゃないのってのが1つ。

マイナンバーの導入に関わる諸々に乗じてIT企業にうちらの税金を横流しするとか、徴税強化と国民の監視強化(ご参照:田中龍作さん「全国民を番号で管理 超監視社会が到来する」)、経済的徴兵制、TPPを発効させたあかつきに国民皆保険制度と年金をアメリカの企業に売り渡すとか、そういう政府や大企業さんにとってはメリットはあるでしょうけれど、国民にはほぼメリットがない。メリットがないのに、なんで義務だけ押し付けられなきゃいけないのでしょう? ツイッターで検索してみると、受取拒否アクションに参加している人がいっぱいいます。



情報漏えい対策が絶対に信用ならない。年金でさえ漏れちゃってるのに、なんでもかんでも紐付けしてしまうマイナンバーをちゃんと管理できるわけ?とものすごく心配。



17分でアウトって。あほやんなぁ…。

根本的な解決は、やっぱり、選挙を通じて政権を変えること。私たち市民の声に耳を傾けて、声をあげられない人の気持ちに寄り添い、それを代弁してくれる本当の代表者を選んで、世の中を良くすることを目指して、あきらめず、たゆまぬ努力が必要だと思います。

20151122

いい夫婦の日に考える

【旧暦神在月十一日 立冬 金盞咲(きんせんかさく)】

今日(11月22日)はいい夫婦の日だそうです。

うちはお互いの自由意志とアイデンティティを尊重していて、厳密に言うと、法律上の夫婦ではありませんが、お互いを尊重し、大切にする気持ちで結ばれているパートナーどうしです。連れ合って10年ほどになります。

お互いに主従関係は好まないので、相方、連れ合い、パートナーと呼んでいます。「主人(=master)」「旦那(=patron)」という呼称も、「奥さん(奥の院にいる人)」「家内」という呼称も、お互いにしっくり来ないので(*)。最近、「相方」と呼び合っている夫婦をみかけることが多くて、実は結構みんな違和感を感じていたのかなーと思っています。(*これについては過去にも。20141127コードスイッチング

うちは両方ともフリーランスで、家のなかで仕事をしていて、離れるのは、相方が田畑に行くときと、お互いトイレに行くときくらいという感じです。友だちもお互いの共通の友だちが多くて、遊ぶときもほぼいつも一緒です。夫婦は似てくるとよく言いますが、私たちも似てきて、兄妹だと思われることもよくあります。

こんだけ長時間一緒にいて仲良く過ごせるのは、かなりなんでもとことん話し合うからかなぁと思います。食べ物のことも、環境や社会のことも、政治のことも、日常のささいなことも、なんでも話し合って、ほぼ考えは一致しているので、一緒にいてすごく楽です。ときどきぶつかり合うけど、冷静になれるまで休戦を入れながら、納得できるまで何度でも話します。そのおかげで、私もだいぶ成長できたように思います。

私は考えすぎるタチで、「奥さん」と呼ばれるのが嫌だとか言いながら、家のなかで黙々と何かを作ったり、翻訳したりして、隠れているのが好きなタイプです。それで、「私は影武者でいい」とか、「参謀的な役割が向いている」とか、相方の「創作活動の支えになれたらそれで別にいいよ」とか言っていると、相方に「tom-tomは隠れていたらもったいない!」「世界がほうっておくはずがない」と言われます。過大評価しすぎで聞いていて恥ずかしくなるんですが、こういう人がそばにいてくれると、ものすごくやれることが増える。「俺についてこい」「必ず幸せにする」的な古めかしい男子でなくて本当に良かったと思います。

相方は私に、ホームベースとでも言いますか、何があっても戻っていける場所をつくってくれているように思います。自分を幸せにするのは自分でしかないのだから、自分で望む人生を切り開いていくことが大切な学びだとはいっても、やっぱりちょっとした蔑みや妬みや心ない一言に傷ついたり、ぐらついたりしがちななかで、相方はいつも私の最大のサポーターでいてくれます。相方のおかげでまたがんばろうと思えます。

ヒビノケイコさんの以下のブログ記事を読んで、激しく「うんうん!そうなのよ!」と思いました。
成功する女性の夫の共通点は妻のファン「オレに尽くしてほしい」より「この人の才能を世の中に知ってほしい」

その結びが、
"「オレに尽くしてほしい」より、「この人に笑っていてほしい」「やりたいことをやって成功してほしい」そう思ってくれるパートナーがいることの幸せって、すごく大きいと思います。"
これ、ほんとにそう。そういう相方と出会えて本当に幸せです。親ばかな親が子どもをべたぼめするみたいに相方が超過大評価してくれるから、ほんとに何でもできるような気がしてきて、活躍の場が広がっているように思います。

祈りの力を信じつつ

【旧暦神在月十一日 立冬 金盞咲(きんせんかさく)】

このまえ東京に行ったとき、帰りの飛行機が着陸できない事態になりました。空港上空が悪天候のため、視界不良で着陸できなかったのです。

機長さんが緊迫した声で、「高松空港東の上空を旋回して、天候の回復を待ちたいと思います。1時間ほど飛行する燃料は十分に積んであります」とアナウンスしました。

昔「水は答えを知っている」という本で、念を送って雲を消す話を読み、やってみたら、実際に雲が消えたことが何回も(たぶん毎回?)あったので、祈りの力を信じています。あんまり力まずに、すでにそうなった状況をはっきりと思い浮かべることが大切なんだとか。早く帰りたくて仕方なかったこともあって、一か八か、今回も飛行機の上でやってみました。天のことなので天使さんたちに聞いたら聞いてくれるかなぁとか、いつも助けてくれる近所の神社の神様にもお願いしてみようかなぁとか、思い浮かぶことをいろいろしました。

そうしたら30分くらいして、「今から最終の着陸体制に入ります」と、無事に着陸することができました。諦めずに粘ってくれた機長さんに感謝です。飛行機を降りて、「まーただの偶然かなー」(天使さんと近所の神社の神様に失礼…)と思いつつ、ゲートを出ると、なんと、たった5分の差でJALは羽田に引き返していたことがわかりました。

私が乗っていたのはANA
祈るのはタダですし、やってみる価値はあると思います。自分の出している波動が高いと発する念が実現するのも早いみたいですが、私の波動はまだ全然普通レベルなので、結構時間がかかったんだと思います。みんなでやったら、きっともっと早く晴れたんじゃないかと思います。

こんなことを言ってしまうくらい、祈りの力を私は信じているんですが、一方で、祈りの力だけでは間に合わないこと、不十分なこともあると思っています。人間が肉体を持って生まれているのは、物質的に何かを動かすことで、世界をよりよく変えていく必要があるからだと思います。だから、祈りだけではなくて行動も大事だと考えています。

ときどき、スピリチュアル系の人たちのなかには、祈りが全てで、実際に起こっている問題に目を向けず、いいことだけを思い描けばそれが実現すると思っている人がいます。問題を提起したり、苦しみの最中にいる人たちのことを思って助けたり、不正にNOと伝えたり、行動を起こしている人のことを愚かだと批判する人もいます。悪いことを思い浮かべると悪いことが実現されるから、考えないようにするべきだという考え方なんだと思います。

私はその辺のことはどっちが正しいかわからないので、なんとも言えないけど、行動を起こしている人のことも尊敬するし、行動を起こしたほうが早いこともあるし、祈りだけが万能だと思っている人たちに行動を起こせとは言いませんが、それと同じように、行動を起こしている人たちを蔑むのはよしてほしいと思います。私は人間だから、祈りもするけれど、行動も起こします。思いやりをもってNOと言い、行動で示します。

まだ修行の足りない私は自分のこの感覚にあんまり自信を持てずにいたのですが、私より遥かに波動が高いであろうダライ・ラマもパリでの襲撃事件に寄せて、こう言っていました。
"We cannot solve this problem only through prayers. I am a Buddhist and I believe in praying. But humans have created this problem, and now we are asking God to solve it. It is illogical. God would say, solve it yourself because you created it in the first place."
(この問題[=パリの襲撃事件や憎しみの連鎖のこと]を祈りだけで解決することはできません。私は仏教徒として祈りの力を信じています。しかし、この問題を作ったのは人間です。それなのに私たちは神にこれを解決してくれと言っている。道理がありません。神はこう言うでしょう。そもそもこの問題を生んだのはあなたたちなのだから、自分で解決しなさいと)
Dalai Lama on Paris attacks: 'Work for peace, and don't expect help from God and governments'
なにかに頼りだすと、自分の感覚が曇ります。私は祈りの力も信じているから、祈りもしますが、肉体を持った人間として、物質的に物事を動かす行動もしていこうと思うし、そうしている人たちの応援もしていきたいと思っています。

20151121

消費で世界を変える「三宅商店」でお買い物の巻

【旧暦神在月十日 立冬 金盞咲(きんせんかさく)】

沖縄の三宅商店さんから、お願いしていた商品が届きました。厚紙の切れっ端に筆で「ありがとうございます」と手書きされたメッセージカードが入っていてほっこり心がぬくもりました。

手作り感満点のスタンプ。開けるのもワクワク。
紙袋の中は再利用のダンボールの小片などで
器用にきれいに丁寧に梱包されていました
三宅商店さんは、すばらしい活動をされているミュージシャン三宅洋平さんのお店です。実店舗が沖縄にあり、ネットショップでも買い物ができます。

三宅商店さんのこの↓スタイルに共感し、
"消費のあり方が、人類の命運を左右する鍵であることは明らかです。
僕らの「センス」の力で、環境や経済の問題を解決できるのではないか?
・自然環境と共存する生産・制作スタイルを深めつづける
・なるべく簡易な包装で、梱包なども家庭の再利用品など取り入れる
・なおし直し使い続けたくなる「いっしょうもん」”

送料はかかりますが、アマゾンなどにあるものでも、三宅商店さんにあるものは三宅商店さんで買いたい!と思っています。自分の支払ったお金が、彼の活動の糧にもなり、その仲間たちの雇用も生むのに役立つと思うと、買い物をするのがうれしくなります。応援したくなるっていうのはすごく大事な要素。応援したくなるのは、尊敬できる人間性と行動を伴った高い理念があるからこそ。

お願いしたのは・・

松の力


松の樹脂と水だけでできた洗剤で、用途に合わせて水でいろんな濃度にすると、台所用洗剤から、シャンプーから、洗濯用洗剤から、お掃除用にまで、オールマイティーに使えます。安全で、水を汚さないのも、生産時に環境に負荷をかけないのもうれしい。いつも洗濯に使っていて、ちょうど切れてしまったときに発見して助かりました。

それからザータル。

パレスチナのフェアトレード商品です。タイムのような香りのハーブ「ザータル」とゴマなどが入っています。パレスチナではこれをオリーブオイルと混ぜてパンに塗って食べるのが定番の食べ方と聞きました。パスタに和えるのがお気に入りです。卵、イモ類、豆類、根菜類、結構何にでも合います。東京ではよく買っていたのですが、香川で売っているお店がないので、三宅商店さんで見つけたときには小躍りしました。

それから冨田貴史さんの冊子「美意識(四季)養生マップ 春夏秋冬+土用」。


食用の陰陽のことがわかりやすくコンパクトにまとまっていて、絵もきれい。うれしいレシピ付きです。売上は疎開保養の海旅キャンプ運営費になるというのもうれしいです。

三宅洋平さんはあまりにも有名なので、もはや私の拙い説明の必要はないかと思いますが、一応私の言葉で書いてみますと、地球環境やあらゆる生き物たち、平和のために活動をしている方で、「政治にアートを」「政治をマツリゴトに」と本当の意味での政治を広げられています。2013年夏の衆議院選挙にも立候補されて、比例代表で17万票以上を獲得するも落選、三宅洋平さんのスピーチには私も心を動かされました。東京時代に生であの気迫を感じられたのはとても貴重な経験でした。

買い物って毎日することだから、積み重ねたらかなりの額になります。それを何に使うかで、世の中を少しずつ変えていける。個々人の消費行動が持つ力は大きいと思います。

20151119

「テロ」のこと

【旧暦神在月八日 立冬 金盞咲(きんせんか[=すいせんのこと}がさく)】

この前あるグループワークに参加しました。どんな生き方、働き方がしたいか、どんな生き方、働き方はしたくないかをシェアするというものでした。

そのときに、20代の方が「優しくありたい。優しくあるには、自分に余裕がないとできない。自分がまずは満たされている必要がある」とおっしゃいました。

また別な若い方が、「わるいことをする人というのは、よくよく事情を聞いてみると、それをしてしまうのがわかる事情や考え方がある」とおっしゃいました。

こういう感覚は、社会のいろいろなことを考えるうえで、すごく大事な見方だと思いました。こうした感覚があれば、なにか残忍なことが起こったときに、単純に犯人を見つけてやっつけるのではなくて、その根本の原因を探って、解決に向かうために行動を起こすことができるからです。

パリで残忍な同時多発テロ事件があり、とても悲しい気持ちでいます。欧米と日本のメディアを見ていると、「ISISのせいだ、あいつらを許すな、やっつけろ!」という論調が多く見られますが、ほかの多くの社会的な問題がそうであるように、この事件の原因にはさまざまなことが関係していて、ISISを絶やせば世界が平和になるというほど、単純な問題ではありません。本当の原因を見極めて、根本治癒を目指さないかぎり、ISISがいなくなっても、また同じ苦しみが繰り返されると思います。

私の意見は以下に挙げる2つの論説に近いです。
東京新聞 週のはじめに考える 9・11からパリ・テロへ

根本の原因は、志葉玲さんが記事で指摘されていることだと思います。
"何故、テロが起きるのか。IS的な過激思想に走る人間が出てくるのか。その根源には、「自由と民主主義」への絶望、そして憤りがある。空爆された市場で、猛烈な爆撃で地面ごとえぐり取られた民家跡で、血と膿と消毒薬の匂いただよう病院の中で、悲しみ、憤る中東の人々の、心が千切れるような絶叫を、私は何度も聞いた。”

日本を含めた欧米諸国は、自分たちがしていることを直視しようとしていません。以下の記事が象徴的です。
欧米からは完全に無視…“もうひとりのマララ”の悲惨な境遇(日刊ゲンダイ)
ストーリー:故郷追われた罪なき少女(その1) 無人機が奪った未来(毎日新聞)

中東の過激派に襲われたマララさんは世界の注目を浴び、救済されているのに対し、アメリカの無人偵察機に爆撃された罪なきナビラさんは無視され、家族みんなで苦しい生活をしている。ナビラさんのような人がほかにもたくさんいるのだと思います。なぜ、中東の過激派が犯した蛮行には注目が集まるのに、アメリカが犯している残虐な攻撃は許されるのでしょうか。アメリカ側は対「テロ」戦争といいますが、アメリカ側がしていることも「テロ」と全く同じに私には見えます。

中東の人々は、欧米が過去にした戦争、そして今もテロ撲滅を掲げての欧米諸国からの空爆で、ずっと悲惨で苦しい生活を強いられています。希望を持つことができません。彼らへしているひどいことを素直に謝って、お詫びをし、彼らが希望を持って暮らしていけるようにすることが、根本的な治癒だと私は思います。

「自分に余裕がないと優しくなれない」「わるいことをする人にも事情がある」―人生に絶望した人、心が壊れてしまった人たちが殺し屋になってしまう。私はテロをする人たちの心境、事情を想像すると―想像を絶するほどの苦しみと悲しみ―、その人たちのこともかわいそうでかわいそうで心が痛くなります。暴力はもちろん許されることではないけれど、欧米諸国も暴力をしている。復讐に復讐しても、もっとひどい復讐を生む悪循環になるだけです。

解決に向かうためには、真実と向き合うことが不可欠です。ロシアのプーチン大統領はISISの存在を支えているものについて、以下のように語っています。

・ISISの多くは雇われた傭兵で、賃金の高いところで殺し屋をやる
・その賃金の資金源は石油の販売による収益
と言われています。
(YouTubeに動画があったのですが、削除されてしまったので、文字起こしのリンクを付けておきます→

石油がISISの資金源であることはguardianにも過去に書かれています。
*Inside Islamic State’s oil empire: how captured oilfields fuel Isis insurgency

資金源を断つ、つまり、ISISから石油を買っている人たちが、石油を買うことをやめれば、もっと言えば、ISISから石油を買っている人たちから石油を買わないようにすれば、ISISの活動を大きく縮小することができるはずです。

では、ISISから石油を買っている人たちは誰なのか? プーチン大統領は、最近、ISISから石油を買っている国がG20を含む40カ国であることを突き止め、欧米諸国の首脳たちに知らせています。
*Putin: ISIS financed from 40 countries, including G20 members

別の記事で、プーチン大統領の側近が"ISIS is a byproduct of US policies in the Middle East.”ISISは中東におけるアメリカの政策の副産物だ)と述べていました

これは、ノーム・チョムスキー氏に関する映画で見たこととも共通しています。田中優さんの本「戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方」で読んだこととも共通するものがありました。

日本がすべきことは、アメリカと一緒に戦争をすることではなくて、まずは石油への依存をやめることだと思います(だから私はガソリン車を持ちたくないし、プラスチックや鉱物由来成分を含め、石油製品を使いたくない。有効活用されていない自前のエネルギー源を使うほうを選ぶ)。石油の魅力がなくなれば、資金源として役立たなくなるからです。そして、さらに言えば、中東を含め、世界で紛争や代理戦争の舞台となっている国や地域は、石油がたくさん出るところです。石油への依存をなくし、石油の魅力をなくしてしまえば、戦争をする理由がなくなる。これも真の平和へ向けた1つの非暴力的アプローチだと思います。

そして、国際社会は協力して、中東を無差別に爆撃するのではなく、苦しみのさなかにいる人たちの暮らしを一刻も早く楽にするよう協調し、憎悪の連鎖を率先して断つべきだと思います。その意味でも、日本は暴力を放棄し、暴力によって問題を解決しないという憲法を持っているのに、それを反故にすることは、憎悪の連鎖に加わることとなり、本当の平和からは退行するアプローチです。時間はかかることで、人権意識や支配的なシステムなどといった自分たちの未熟な部分と向き合って乗り越えていく苦しい毒出しもきっとあるでしょう。しかし、それは本当の平和と安全で快適な暮らしを実現するために必要な毒出しです。平和とは、与えられるものではなく、苦しくても、一人一人の在り方で創りあげていくものだと思います。

20151118

ノマドか、エグゼクティブか

【旧暦神在月七日 立冬 金盞咲(きんせんか[=すいせん}がさく)】

ノマド的な働き方とか、二地域居住とか、個人の自由を謳歌する働き方にも憧れる一方で、大企業や大きな組織で何かを大きく動かして社会に大きく貢献するような働き方にも憧れる。その辺、どうなんだろう?というような感じの質問をされたことがあります。

結論から言うと、どっちもやってみたらいいと思う。それで、合うほうを選んだらいい。こればっかりはやってみないことにはわからない・・・と言ってしまうと、ちょっと突き放しすぎな気がするので、今まで見聞きした範囲から私が考えていることを書きたいと思います。

私自身は、個人の自由を謳歌する働き方が働き始めてからのほとんどを占めていますが、大きな組織を垣間見る機会もありました。「社会貢献」をしたい、と思ったときに、どっちにも、やりやすいこととやりにくいことがあると思っています。やりやすいことを最大限発揮できて、やりにくいことはやりやすく変えていけるほうを選んだらいいと思います。

たとえば、大きな組織になると、個人として感じていることと、組織の一員としてしなければならないこととの間に大きな隔たりがあることもあるようです。私が2カ月だけいた中規模の会社でもそうでした。

そのジレンマを、組織の下層にいる間は我慢して、上層に上がってから変えていこうと思って耐えているうちに、だんだん個人の感覚が麻痺してきたり、上に上がるときにいろんなしがらみができたり、どんどんものが言えなくなって、結局、丸くなって終わる、という体験談も聞きました。

他方で、内側から変えていく勇気と粘り強さ、交渉力、推進力を持って、諦めることなく、組織のなかでいいことを広げている人の話も聞いたことがあります。組織と一口にいってもいろいろあって、自分にとってそういうことがしやすい組織だったら、組織で内側からいいことを広げていくのもやりがいのあることだと思います。

個人の自由を謳歌する働き方で、「社会貢献」に関して、だいぶやりやすいなと思うことは、
・やってはいけないことをしなくていい
・やってはいけないことに加担しなくていい
・やったほうがいいことをすぐに実行できる
・時間に余裕があるから、環境と社会のことをよく調べて考える時間がある
・よく調べて考えて買い物をしたり、意見を伝えたりすることで外側から働きかけができる時間がある
・いいことをしている人たちと網の目のようにつながって一緒に何かを始めることができる
あたりでしょうか。個人の決定権が大きいというのが一番の決め手だと思います。

たとえば、コピー用紙ひとつをとっても、パートタイムで行っていた会社では住民を焼き討ちにして追い出してまで熱帯雨林を破壊して作られた紙を使っていて、それを変えることは私にはできませんでしたが、個人で使う紙だったらすぐに変更することができます。家で使う紙は、びわ湖の森の間伐材と再生紙を使った「びわ湖の森の木になる紙」か、FSC森林認証紙にしていて、会社よりはわずかかもしれないけれど、少しでも、熱帯雨林の破壊を少なくできて、日本の森を再生するお手伝いができています。

やりにくいことは、やっぱり大金が必要なプロジェクトとかでしょうか。でも、そこの部分は長期的な目で見て、少しずつコツコツ幅広くいいことを積み重ねていって、じわじわと社会にいいことを広げていくやり方で補えるんじゃないかなぁとも思っています。

そして、そもそも、「社会貢献」ってなんなんだろうか?という、自分なりの定義や条件をしっかり持っておく必要があると思います。その定義や条件は、つねにアンテナを高くして、つねにアップデートしていかなければならないものです。そうしないと、「社会貢献をしている!」と思っていたのに、実際には、戦争に加担していたり、環境汚染や環境破壊につながっていたり、自由を妨げていたり、不公正や貧困を助長していたり、格差や差別を広げていたり、ということが往々にしてあるからです。

わかりやすい例として、原発はクリーンな未来のエネルギーだと言われていました。温室効果ガスの排出がないからというのが根拠です。これを鵜呑みにしている人にとっては、原発産業の推進は彼らにとっての「社会貢献」になります。

でも、稼働中も放射能を出し続け、ウランを掘る労働者には採掘中に大量の放射線を被ばくさせ、現場でも被曝労働者の犠牲なしに稼働することができず、周辺の海域の海水温を上げて生態系に悪影響を与え大量に出る使用済み核燃料を安全に処理する技術がないために十万年以上も管理し続けなければならず、核爆弾をいつでも作れる状態をつくっている。これを知っている人たちにとっては、原発産業の推進は、「社会貢献」どころか、環境破壊と人権侵害以外のなにものでもありません。(原発のことを勉強するようになったころのことはこちらに書いています→「20130413脱原発を願うようになった経緯」)

こうしたケースが、さまざまな分野において見受けられます。だから、「社会貢献」をするうえでは、何をもって社会貢献とするのかを判断する、たしかな目と、自分なりの定義が不可欠です。

ノマド的な人たちはもしかしたら、世捨て人的な感じに思われるのかもしれません。でも私の知っているノマドワーカーたちは、ものすごく優秀で、その能力を十分に活かして社会貢献をしています。私自身も、暮らしが豊かだから、仕事もいい仕事ができているように思います。どんな仕事もそうかもしれませんが、私の仕事は感性と思考力の両方が求められるので、心身の健康によって仕事にも多少なりとも変化が出ます。

自然系の人たちのなかには、世捨て人のような暮らしをしている人もいますが、二刀流の人もいて、私は後者です。世間に背を向けているわけではなくて、世間の支配的な動きに振り回されないように、徐々にシステム依存を減らして自分の自由度を高めている一方で、それがまだできない大多数の人たちが困らないように、見識を磨いたり、意見を発表したり、署名をしたり、お金や時間の使い方で意思表明をしたり、できないをできるに変えられるように情報や知恵を共有したりと、できる限りのことをするように努めていて、まわりでもそういう人が多いように感じています。

まずは、そもそも社会貢献ってなんだろう?ということをよく調べて考えてみて、そのうえで、自分は世の中に何ができるだろう?、何はしたくないんだろう?と考えてみるのはどうでしょうか。そうして、それらを実現するために、ぴったりのスタイルをいろいろ試してみて見つけていったら、いいんじゃないかなぁと思います。

20151112

梼原ツアー

先月、高知県の山あいの町、梼原町に行って来ました。

写真は森林価値創造工場。



町の建物には町産の樹木がふんだんに使われていてものすごく美しかったです。町の施設の冷暖房は木質ペレットを利用しているそうです。日本で初めてFSC認証を取得した森林組合があり、2050年までに再生可能エネルギー100%を目指すなど、非常に先進的な町で、北欧を彷彿とさせました。教育にも力を入れていて、幼稚園は無料。海外留学の補助もあるなど、子育て支援も充実。景色が素敵すぎて、町の人たちもにこやかで和やかで、高知の県民性に新たな一面が加わりました。

20151109

自家栽培あずきとささげ

【旧暦長月廿八日 立冬 山茶始開(つばきはじめてひらく)】

今年初めて植えた小豆。


さやから外して選別。天日で乾かします。


ささげも混ざっていて、どっちがどっちかクイズに。

次々あけているうち、さやが長いほうがささげで、さやが短くて豆の盛り上がりがぷっくらしているほうが小豆らしいと、特徴が掴めてきました。

種用にしないお豆さんを早速ご飯と一緒に炊きました。


口の中でぷちんとはじけて甘さが広がります。とりたての豆ってこんなに味が濃いのか〜。

無肥料で育てた完全自然栽培の固定種の豆です。買うことを思うと、かなりの貴重品。種をとって来年も植えたいと思います。

20151106

マコモダケを食す

【旧暦長月廿五日 霜降 楓蔦黄(かえでつたきばむ)】

マコモダケのことを初めてきいたとき、キノコかタケノコだと思いましたが、違いました。

マコモダケはイネ科の多年草で、黒穂菌という菌が寄生して肥大した根元を食べます。タケノコのような食感です。縄文の昔からあるスーパー植物で、水を浄化し、生命力にあふれ、若杉ばあちゃんも下記の本で絶賛していました。

野草の力をいただいて 若杉ばあちゃん食養のおしえ


20151101

庭で椎茸

【旧暦長月廿日 霜降 霎時施(こさめときどきふる)】

友人にもらった椎茸のほだ木。秋になると大きな椎茸ができます。

でかい。


とりたてをオリーブオイルでさっと炒めて、軽くモンゴルの天日湖塩をふったら、香りも味も格別でした。


例のごとく、料理になったらすぐ食べてしまい、写真は撮り忘れました。
うーむ、贅沢。お金で買えない贅沢を堪能しています。

寿命なんて思い込みかもの巻

【旧暦長月廿日 霜降 霎時施(こさめときどきふる)】

昨日の記事で、年齢に対する強い思い込みを外せば人間は150歳くらいまで生きられるんじゃないか、という話を書きました。

実際にそういう話をしている人がいました。95歳のトルコのヨガ師範カジムさんです。

毎日のヨガが健康の秘訣?見た目も中身も若すぎる95才のトルコ人男性が話題に

うーん、写真を拝見しても、とても95歳には見えない。40歳でヨガと健康的な食生活を始めて、体力は30代のころと変わらないそうです。「心をそこに向けさえすれば、人は誰でも130才まで生きられる」と語っています。

私が150歳とか200歳とかまで生きられるやろーと思うようになったのは、一番最初のきっかけは、友人のススメで「神との対話」を読み、神さまが人間の身体を500年くらいは保つように作っているのに、人間は変なもの(化学物質とか)を身体に詰め込みまくるから、100年未満しかもたないと話していて衝撃を受けたからでした。その後読んだ、「引き寄せの法則―エイブラハムとの対話」にも強い思い込みが寿命を作っているというような話が出てきます。

心の持ちようはやっぱり大切。

20151031

ひとそれぞれの人生を選ぶ自由

【旧暦長月十九日 霜降 霎時施(こさめときどきふる)】

結婚も、出産も、そうしたいと思える人はしたらいいし、思わなければしなくていい。時期もみんな人それぞれ、そうしたいと思えるときにしたらいいと思う。人生におけるそんなに大切なことを、他人の目を基準に決めて、どんないいことがあるんだろうか。

世間の固定観念に合わせて、自分が本当に望むことに背を向けて、その結果生じた結婚や出産は、本当に幸せと言えるのだろうか。一緒に生きていきたいと心から願う相手がいるならともかく、「適齢期で子どもがほしいから」という理由で結婚を急ぐ人もいると聞く。一人でも幸せな人はそれで幸せなんだし、自分が変化するのに応じてパートナーが変わって幸せならそれで幸せなんだし、「こうあるべき」というものに縛られて、自分は不幸だと思う必要もなければ、固定観念に縛られた人になんだかんだ言われても気にする必要もない。そもそも、固定観念に縛られて人のことをとやかく言うこと自体どうかと思う。

もし自分が生まれてくる子どもの立場だったら、「子どもがいるから離婚できなくて、人生を棒にふった」、「子どもがいるからしたくない仕事をがんばらないといけない」、あるいは逆に「子どもができてしまったから仕方なく仕事をやめた」などといったことを親に思われたり、言われたりするのなら、「生まれてこなければよかった」と思うだろう。

私はまだ、自分の心が本当に望む生き方をつくりあげている途中だ。本当に望むことを探っている途中だ。適齢期で子どもを持たないのは無責任な生き方だろうか。むしろ、子どもを持って自分が犠牲になった、あるいは自分の人生を犠牲にしたという気になるほうが、無責任な生き方に私は思える。子どもを持つために、自分の心が望むことを探究するのを頓挫して、「こうすべき」という世間の価値観に合わせて生きても、自分は不満だらけになるだろうし、そんな状態で子どもを持つことのほうが、私は自分が無責任に思える。そんな状態で子どもを産んで、子どもにもいい影響を与えられる親でいられるだろうか。子どもが私の姿を見て、心から望むことをして幸せに生きる手本にしてくれるような自分になれたら、子どもを持ちたい。

無責任と言ってくる人たちは、経済発展や社会の年齢構造のことを根拠にしているんだろう。出生率増加に貢献する気は毛頭ない。自動的になんでも買わされる消費者であったり、産業を支える労働力であったり、そういった経済の道具としての人間を増やせという意見になんの魅力も感じない。そのような目的でつくられた子どもには私だったらなりたくない。人間は自分の心の声に従って、自分が本当に輝けること、魂が喜ぶことを楽しむために生まれてくるのであって、そのような社会のコマとして生まれてくるのではない。

そもそも、子どもを持ちたいのはなぜか。子どもがいると人生が豊かになるから? 子どもを育てることで自分が成長できるから? 親や祖父母を喜ばせたいから? 自分の遺伝子を残したいから? 世間から「幸せ」と思われたいから? これらの理由は私には子どもを持つのに十分な理由には思えない。これらは生まれてくる子どもの魂が望むことだろうか。本当に自分の心が望むことだろうか。

自分自身が「この世界はなんて素晴らしいんだろう。人生とはなんて素晴らしいんだろう」と心から思えて、「この喜びを別の人間にも味わってもらえたら」と思えたときに、私は子どもを持ちたいと思う。もし、私が生きている間に、そう思えるときが来なければ、私は別のことに創造のエネルギーをつかっていきたい。

出産には適齢期があって、過ぎてしまった後から子どもがほしいと思っても遅い、という意見もあるが、私はこれには疑問を持っている。適齢期なんていうものは、本当はないのではないだろうか。思考が現実をつくるという。それが事実であるなら、多くの人が一定の年齢をタイムリミットだと考えているから、その年齢がリミットになっているのであって、産もうと思えばいつだって産めるのではないかという仮説を私は持っている。世間一般から離れて暮らしている仙人のような人たちのなかには、実年齢が150歳は遥かに超えていると推定されるのに、元気そのもので外見からは60歳くらいにしか見えない人たちがいるという。衰えもまた思考が生んでいるものだとすれば、私たちを創ったなにか偉大な力は、人間が自らタイムリミットを設定しない限り、いつだって産めるように人間の体を創っていると思う。

不完全な科学の研究結果や世間一般の価値観に振りまわされることなく、自分の心の声に誠実に生きていきたい。産みたいと思っているならばともかく、それらに囚われて「産まなければならない」と思っている人たちのことは、その囚われから早く解放されてほしいと願っている。

20151019

人生の目的?

【旧暦長月七日 寒露 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)】

最近なぜか頻繁に目にし、耳にする言葉がある。

life purpose。人生の目的。この世に生まれてきた使命。

あまりに何度も目にするので、最近、私のそれはなんだろうと考え込んでいた。

友人は先日、「自分がやりたかったのは絵だったんだ、絵を描きたかったんだ!と気づいた」と話していて、それ以来、仕事もうまくいっているようで、イキイキしていて、充実しているように見えて、うれしく思っていた。

うーん、私のそれはなんだろう?

歌も好きだし、絵も好きだし、ちくちくも好きだし、料理も好き。書くことも好きだし、翻訳をして日本語と英語の飛躍の往来をするもの楽しい。ハーブにも興味があるし、編み物もできるようになりたいし、織物もしてみたいし、植物染めもやってみたいし、金継ぎもやってみたい。

どれもこれもやっていたら、"ものにならない"ような気がする。どれをやったらいいんだろう。

考えすぎてよくわからなくなってきて、何か見つかるかも、と本屋にふらりと寄った。

マクロビ系のお菓子づくりの本、ハーブや漢方の本、自然農の本、社会系の本、ソトコト、いろんな新書、英語学習系の本、編み物の本、片付けの本、絵本…。どれもおもしろいんだけど、どれか一つにしようと思ったら、どれも違うような気がしてきた。

だめだ、もう帰ろう。

そう思ったそのとき、ターシャ・テューダーさんのムックが目に飛び込んできた。

ターシャさんのことは前から大好きで、生き方を尊敬していた。ターシャさんは絵も描かれるし、ガーデニングもされたし、編み物や縫い物、料理もされ、素敵な言葉もたくさん残っている。

あ、そうか!これだった!と思い出した。一つに決めようとするからいけないんだ。やりたいことはなんでもやればいいし、一つに決める必要はない。

一つに決めないといけない気がしていたのは、一つに決めないと"ものにならない"ような気がしていたからだ。"ものになる"とはどういう状態? 何かお金に換える仕事として成り立つこと? できるだけたくさんのお金に? あるいは、世間一般に広く知られるような作品を送り出すこと? 

生き方そのものを創ることを目的にしたら、売るために何かを書いたり、描いたり、作ったりしなくたって、全部含めて生き方そのものが自分にしかできない藝術作品で、自分にしか創れない世界で、それを創ることがlife purposeと言えるのではないか。過去に「だれもが芸術家」だと気がついたのに、こうもたやすく忘れてしまう。

ゴッホさんやピカソさんの絵のように、広く知られている藝術作品の良さもあるけれど、一部の人にしか知られていない藝術作品の良さもある。姪が私にだけ描いてくれた絵や、友人が作ってくれた絵本など私だけが知っている美しいものもたくさんある。

それと同じで、多くの人に絶賛される生き方の良さもあるが、関わった人たちの心に深く残る生き方もある。どちらが優れているということは決められるものではない。

自分がいいと思えること、自分が楽しいと思えることに夢中になろう。金銭的な成功も名声も、人生の歓びに必ず要るものではない。それをすでに持っている人たちも、全員が全員、楽しそうなわけでも、幸せそうなわけでもない。そういう固定的な価値観に影響されるのはやめようと思ったのに、また振り回されている自分に気がついた。気がついたからこそ、また一つ、縛りを外すことができたのだと思えば、それもいい。

ムックをパラパラ眺めていて、目に飛び込んできたターシャさんの言葉にトドメを刺された。
「何があっても「生きていることを楽しもう」という気持ちを忘れないで。」

夕闇のなか、晴れ晴れした気持ちで書店を後にした。

20151014

マイナンバーあれこれ

マイナンバーが始まりますね…。ちょっと情報を調べたので共有します。

「個人番号カード」の作成は任意であって、強制ではありません。「通知カード」が届いたら、役所などで必要なときまでなくさないように保管するだけでOK。個人情報のかたまりなので、しっかり隠しておこうと思います。

●マイナンバーご注意!! カード作成 急がず考えて
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015101102000122.html

市民団体「共通番号いらないネット」発行のリーフレット(※)によると、年金の手続きや税金の申告などでも、従来どおりの本人確認で可能なので、番号の記入は義務ではないそうです。

※市民団体「共通番号いらないネット」発行のリーフレット
http://www.bango-iranai.net/library/pdf/201510CampaignBillNo2Mono.pdf
(4ページ目のQ&Aを参照しました。情報がよくまとまっているので、他のページもぜひ読んでみてください)

個人番号が導入されているアメリカの実例を書かれたパックン・ハーランさんのコラムもとても参考になりました。

●マイナンバー歴44年の僕から一言
http://www.newsweekjapan.jp/pakkun/2015/10/44_1.php

アメリカではidentity theft(身元窃盗=成り済まし詐欺)が蔓延しているそうです。日本は、こうした情報漏えいや詐欺への備えが十分ではありません。

ちなみにコラムの3ページめの
「そもそも「スーパーのレジに提出する」という話が出た時点で、マイナンバーの恐ろしさを理解していないと感じる。」
の部分は、おそらく、先の共通番号いらないネットさんの資料にある
「国会で一度も議論もされず、突然出てきたのが2017年4月からの消費税率10%引き上げに合わせて、お酒を除く飲食料品購入のうち2%分、上限4,000円を銀行口座に振り 込み還付する案です。個人番号カードを買物の時には持ち歩き、お店の端末機で チェックするしくみですが、そもそもカードの取得は任意なのに、麻生財務大臣は「カードを持っていきたくなければそれでいい、その代わり減税はない」とまで言っています。」
のことを言っているものと思われます。

すでにトラブルも起きています。茨城県の取手市では住民票の自動発行機で、誤ってマイナンバーが記載されたものが発行され、住民票を受け取った人のなかにはマイナンバーに気が付かずにすでに銀行などに提出してしまった人も出てしまいました。

●マイナンバーで初のトラブル、取手市が69世帯の住民票に個人番号を誤記載
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/101303364/

こういうことが今後、起こりかねないので、誤記載がないかなど、注意して見る必要がありそうです。また、すでに詐欺などのニュースも多く報じられています。

そしてやっぱり、、、
●マイナンバーで癒着 厚労省室長補佐を逮捕 100万円収賄容疑
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015101402000124.html
●さらに数百万円受領か マイナンバー収賄容疑の厚労省職員
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015101402000248.html
●マイナンバー絡み収賄容疑―お手盛り利権の温床 制度の検証必要
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-10-14/2015101415_02_1.html
(”導入費用だけで3000億円、ランニングコストに年300億円”とあります)
●マイナンバー発送開始直後 揺らぐ信頼 情報政策の第一人者
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015101402000123.html

そもそも人間に番号を振るなんて、人間の尊厳を軽視していると思う。名前でなく番号で呼ばれる拘置所みたい。受けとりたくないけど、通知カードを持っていなくても番号が振られていることには変わりないので、番号そのものは受け取らないといけません。国民にメリットはほとんどないこんな問題だらけのもの、イギリスみたいに廃止の方向に持っていけるといいですね。

20151013

野性的庭の花

【旧暦長月朔 寒露 鴻雁来(こうがんきたる)】

野性的な庭の花たち。


ユリはたぶん、大家さんが住んでいた頃に植えたんじゃないかと。なぜか物置の前で毎年咲きます。ここに薪風呂の小屋が建つ予定なので、移動してあげないといけません。


コスモスはこぼれ種から勝手に大きくなってかわいい花をみせてくれました。門を入ってすぐのいい位置に。出入りするときに目を楽しませてくれます。


秋になり、外で過ごす時間が気持ちいいです。

20151010

日本のオーガニック給食の都市

【旧暦葉月廿八日 寒露 鴻雁来(こうがんきたる)】

私立幼稚園へのアンケートをもとに、無農薬の食材を使っている幼稚園のリストと、充実した情報をまとめた「ハッピーランチガイド」。グリーンピース・ジャパンが発行しています。


(幼稚園のリストが載っている完全版は、コチラから無料でダウンロードできますが、メールアドレスなどの入力が必要です。)

学校給食でも、子どもたちに安全な食べ物を食べてもらいたいという想いで、オーガニック給食を推進してきた自治体があります。

高知県の四万十市では15年以上も前から、学校給食に有機栽培の食材を取り入れてきたそうです。
(1) 一番大切なのは、市民が思いを伝えること。高知県・四万十市の食育
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/blog/staff/blog/53548/
小学校の給食で、米の100%(完全米飯)と野菜の約30%が市内産の無農薬、減農薬農産物になっているとのこと。

将来、子育てするときのことを考えると、子どもの健康を本当に大事に思ってくれている都市は、定住を考える場所としてとても魅力的です。

愛媛県の今治市でも、地元の有機農産物を給食に取り入れる取り組みを始めているそうです。
(2)愛媛県今治市を訪ねて~その(1)有機の給食はこうして始まった
http://www.greenpeace.org/japan/ja/news/blog/staff/1/blog/50300/
保護者の方々が粘り強く行政に働きかけを続けた結果、行政が動くことになったようです。成功事例として、行政担当者さんのお話が参考になりました。

鹿児島県の志布志市でも、平成25年4月から地元の有機農産物に切り替え始めているとのこと。
(3) 志布志市産有機野菜を学校給食へ
http://www.city.shibushi.lg.jp/docs/2013101000136/
農家の方がいらして、野菜についてお話しされるのもすてきだなーと思いました。少しずつ、広がっていくといいですね~。

(1)の記事で紹介されていた、この↓映画の予告編もとても考えさせられるものでした。



冒頭で紹介されている「今の子どもたちは親の世代に比べて健康的に劣るかもしれません」という科学者の指摘は、確かにそうかもしれません。私も食べ物を変えて、すごく健康になったので、気づいたときから変えても絶対遅いことはないとは思いますが、子どもたちにはなるべく、いいものを食べさせたいもの。そういう動きを応援したいなーと思います。

20151007

銀行の社会性を格付けした日本初のサイト "Fair Finance Guide Japan"

【旧暦葉月廿五日 秋分 水始涸(みずはじめてかるる)】

昨日、預金で世界を変えるにはどこに預けたらいいんだろうか?という話を書きました。そのなかで紹介したA Seed Japanのウェブサイトを見ていたら、こんな取り組みも始められていました。

銀行の社会性をまるっと格付け! Fair Finance Guide Japan
http://fairfinance.jp/

こんな感じで、点数が一覧になっています。



メガバンクだけでなくて、地方銀行やネット銀行にも評価が広がるとなおありがたいですね。

20151006

預金でも。望む世界をつくる選択

【旧暦葉月廿四日 秋分 水始涸(みずはじめてかるる)】

この記事を読んで↓

●「きれいな海を守りたい!」その一心で、米大手銀行から42億円を引き出したあるサーファーのすごい実話!

田中優さんの本『おカネで世界を変える30の方法』で読んだことを思い出しました。

銀行に預けたお金が、環境破壊や戦争に使われることがある。だから、どんなことに融資しているか、吟味して、よく考えて、預金をする銀行を考えないといけないよ、という話。

本をすぐに読めない方は、以下の記事が参考になります。

●私たちのお金を戦争に使わないで!NGOの提言にメガバンクが動き始めた!

●日本人の預金・税金が米軍の爆弾に変わっている!?
http://nikkan-spa.jp/699939
(日刊スパ!の記事です。グラビア写真とかあるので、リンクを開くときは注意してください。私は記事一つ一つ、記者さんの心意気の一つ一つを重視しているので、雑誌そのもののあんまりイメージは気にしていません)

グリーンなお金の使い方
(ブログ記事ですが、本の情報を基によくまとめてくださっています)

預金が国債購入に充てられて、戦争に行ってしまう可能性の高いゆうちょ銀行は、お金の送受信用だけにしています。原発産業に融資していて、クラスター爆弾に投資している可能性が否めない(回答を避けているので)メガバンクもお金の送受信用だけに使っています。

A SEED JAPANの情報箱にある、公開質問状への回答や、公開アンケートへの回答状況など、ものすごく参考になりました。

例えば2012年のがこれです↓
(未回答のところにはそもそも預ける気にならないですね)

東京に住んでいたら迷わず城南信用金庫にするところですが。メインバンクはどこにしたらいいのかな~。じっくり考えようと思います~。

20151003

前進あるのみ

【旧暦葉月廿一日 秋分 水始涸(みずはじめてかるる)】

ようやく心の整理がついたので、書きたいと思います。集団的自衛権の行使を容認した安保法案が、民主主義を無視して押し通されました。

詳しくはIWJの特集が充実していました。
●安保法制 緊急特集 〜対米「属国」戦争法案の正体

多すぎて読めないよ~って方はこれだけでも読んでもらえたら。
●マガジン9:戦争法案可決。あの日、傍聴席から見えたすべて。の巻

アメリカと違って、党の意見と個人としての意見が違う場合に個人としての意見を優先する議員が、日本はほとんどいないので、数に物を言わせてこうなるだろうということは予想できていました(でも、ここまでひどいとは思っていなかった!)。選挙に行く人も少ないし(行かない人が悪いんじゃなくて、選挙に行く意味がわからない状況になっているのが問題で、選挙権の重みがわかっている人たちは、選挙の意味を伝えていくことが大事だと思う)、主権者の国民が、権利と責任を放棄して、おまかせにしすぎてきた結果。おまかせする人が智慧にあふれた人徳者であればいいんだろうけど、実際はそうじゃない。残念ではあるけど、転んでもぱぱっとすぐに起き上がって、前を向いて、できることをやっていくだけだよね、と気持ちを新たにしました。

いい動きはいろんなところで起こってきているし、

●やべ~勢いですげー盛り上がるデモクラシー
http://oshidori-makoken.com/?p=1700
(スピーチ、めっちゃめちゃ感動しました。)

●自由と民主主義 読み学ぶ シールズが「選書プロジェクト」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015092702000128.html
(ここには上がってないけど、「社会の真実の見つけ方」もおすすめです。あと、今読みたいのはコスタリカの本。コスタリカは軍力を持っていないんだって)

●ママたちはもう信用しません!「国民の命を危険にさらす法案を米国の利益のために無理やり通した」安倍総理――「安保関連法に反対するママの会」廃案と賛成議員の落選運動に向け決意表明
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/266905
(ママたちの言葉とアクションが熱いです。うーん、母は強し。かっこいいなぁ)

●反戦 願い集めて 絵本「戦争のつくりかた」短編アニメに
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015100302000250.html

●<第13回>共産党の頭の切り替えと素早い行動を他の野党も見習うべき
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/164441

●【声明】安保法制の廃止を!安倍政権と自公勢力に打ち勝つ大きな動きを!http://greens.gr.jp/seimei/15760/

●安保法 違憲訴訟準備続々 慶大・小林氏や松阪市長ら
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015092002000118.html

命よりも金のために日本を戦争ができる国にしたい人たちは、平和と調和を求める人たちよりもずっと昔から、しぶとく行動してきたし、注いできたお金とか労力とか、エネルギーも彼らのほうがだいぶ前からかなり強かった。それに打ち勝つだけの平和と調和を求めるエネルギーが、日本にはまだ足りなかったんだと思います。

だけど、上にあげたような動きを見ても、声を上げる人は着実に増えてきているし、社会のことに目を向けて、主権を行使することが大事だっていうことに気付いた人が、またこの衝撃的な出来事で増えたと思います。60年代のアメリカの市民くらいに、ようやく日本の民主主義も追いついたんじゃないかな、そんな風に思いました。デモがカッコいい、自分のことだけじゃなくて社会のことに関心を持って声を上げることがカッコいいっていうふうに、意識が変化したような感じがしています。

歴史を振り返ると、日本人は民主主義、国民主権を、自ら抗って勝ち取ったわけではありません。欧米の人たちは、革命などを通じて、王権を明け渡させた(暴力手段をいいとは思わないけど)。力づくで民主主義を勝ち取ってきた。それに対して、日本の国民は、大政奉還の後の政府や、戦勝国のアメリカから、つまり上から与えられた民主主義だったから、民主主義の意味を本当には理解してこなかったんじゃないかと思います。

でも、民主主義を理解していない首相と、その首相を操っている勢力によって、民主主義が危機にさらされている今、何かから与えられたものだとしても、民主主義をいいと思うのならば、主権者としての責務を果たし、権利を十分に享受して、世の中をよくしていくことに、自分たちの望む世界を作るために、できることをやっていくしかないと思います。というか、できることがあるっていうのは希望だと思います。そういう人が増えていけば、世の中は絶対によくなるし、民主主義は絵に描いた餅から現実になっていくと思います。あきらめずにできることを地道にやっていきます。前進あるのみ。


20150930

実生のなす実る

【旧暦葉月十六日 秋分 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)】

種からは無理じゃない?と言われていた実生なすさん。根性をみせてくれました。


ゆっくりゆっくり成長して、秋になってからぽこぽこと実をつけています。品種は固定種の中長なすさん。味が詰まっていてとてもおいしかったです。

20150927

中秋の名月

【旧暦葉月十五日 秋分 雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)】

今夜は中秋の名月。なんとも美しいですねぇ~。お月見を楽しんでいます。昨日、お隣りさんからかぼちゃを分けていただいたので、蒸し煮にして、お月見団子を作りました。


材料は、徳島県産の無農薬のだんごの粉に、愛媛県に住むおとなりさんのお友だちが作ったかぼちゃ、北海道産の小豆と、香川・屋島のはちみつ。石垣島のお塩。会ったことはない人たちですが、ほぼすべて、だれが作ってくれたかわかる材料で作ったら、ありがたさとあったかさの実感がやっぱり全然違います。おいしさもひとしおでした。作ってくれた人たちも同じ月を見ているんだろうなぁとしみじみ団子。

明日は満月。なにか平和のために満月にできることはないかな~と思っていたら、中秋の名月の風習を調べていて、ガユーナ・セアロさんの満月瞑想会のサイトが目に入りました。中秋の名月のことは全然書かれていないのに、なぜか検索結果にあがるという不思議。一度もお会いしたことはないのですが、セアロさんのことは、なんだか不思議なご縁で、府中に住んでいる間に、セアロさんが人道支援活動のために立ち上げたNPOで活動している人と友人になり、初めてお名前を聞きました。僧侶になられたいきさつや、友人が個人面談で言われた話などを聞いていて、私的にはロックなお坊さんというイメージです。

自分の心が平和になると、その平和の波動が広がっていくと思うし、ドラゴンボールの元気玉みたいになるべく多くの人の平和な波動が集まったほうが効果があるのかもとなんとなく思っていました。なので、こういうみんなで一斉にできるのはやってみたかったので見つけられてよかったです。でも、ずぼらな私は、どこかに集まりにいかないといけないとなると、続かないので、好きな時間に好きなところで好きなように瞑想するというのが、やりやすくていいな~と思いました。物理的な行動レベルでもいろいろやるのは続けていこうと思っていますが、こういう目に見えない波動のレベルでも実験的にいろいろやってみようと思います(お金もかからないしね~)。

20150921

枝みたいな虫さん

【旧暦葉月九日 白露 玄鳥去(つばめがさる)】

乾燥させていたヒノキの枝の後ろに、枝の形にそっくりな虫が。


名前はナナフシさんというそうです。草を抜かずに5部刈りキープに努めている我が家の庭。去年よりも草が生えて草原のようになったおかげか、去年はいなかった虫がたくさんいます。蛙も増えたし、鈴虫の声も聞こえるようになり、にぎやかになりました。

20150917

Organic September

【旧暦葉月六日 白露 鶺鴒鳴(せきれいなく)】

9月はオーガニック月間なんだそうです。フェアトレードのピープルツリーさんのメールマガジンで知りました。

「オーガニック・セプテンバー」〜9月は、オーガニックを“食べる、飲む、使う、選ぶ”月間に(People Tree Fairtrade Style)
なぜオーガニックを選ぶのか?についてもわかりやすく書かれています。

9月は少し意識して、日常のなかでオーガニックのものを選ぶ割合を増やしてみませんか?という提案。イギリスでは、小売業者や農家の人々がオーガニックなものの良さを知ってもらうためのイベントを行うそうです。日本でもあると楽しそう。

オーガニックなものを1カ月試してみる、期間が決まっているとちょっとやってみようかな、という気持ちになりやすいような。身近なところから気楽に始めて見ると、気分や体の調子がよかったり、いい変化が訪れるかもしれません。そして同時に、つくる人や環境や社会にもいい影響を与えていくことにもなるというのは素敵なことですね〜。


20150914

太陽と花の水

【旧暦葉月二日 白露 鶺鴒鳴(せきれいなく)】

友だちに教えてもらったソーラ—ウォーター。


ふつうの水道水をビンに入れて、ゴミや虫がはいらないように蓋をして、3時間くらいお日さまで温めます。まろやかでやさしい味になってびっくりします。このお水でお茶を入れるとものすごくクリアな味になる気がします。

水道水をくんで、蓋を開けて一晩開けておくと、カルキが飛んでなおよいそう。青いビンのほうがもっと味が良くなるとのこと。また、お花などを浮かべると、お花の波動を水に移せるそうで、フラワーレメディも同じように作られているのだとか。物知りやな〜。この日はつゆくさとチェリーセージの花を浮かべました。

20150911

最近気づいたこと

【旧暦文月廿九日 白露 草露白(くさのつゆしろし)】

生きているといろんな人に会うし、心の痛む事件や世の中の動きなど、心を乱されそうになることはいろいろあります。でも、わるいことをする人は、根っからわるい人なんじゃなくて、どこか癒されていない部分がある人なんだと、ふっと気づくことがありました。そうしたら、なんだか心が楽になりました。

「あんなやつは許せない!」とずーっと怒っていたり、憎んだりするんじゃなくて、「あの人もすっかり癒されますように。本来の自分が望むことを見つけて輝けますように」と、その人の問題を手放せるようになったからかもしれません。

だからといって、わるいことをする人たちの思うがままにされるということではありません。そのままにしていたら、私はずっと怒りにとらわれることになるし、相手のためにもならないことがあるからです。可能であれば、自分の希望をよーく話して変えてもらうこともあります。私の働きかけによって相手が変わることがまずないと思ったら、あるいは、働きかけをしたいと思えなかったら、離れることにしています。

「許す」というのは、ずっとよくわからなかったのですが、わるいことをなんでもしたい放題にさせるという意味ではなくて、自分のなかから手放すということかもしれません。allow to doではなくて、let goなのかも、と思いました。そのわるいことを手放す、解放することで、自分が解放されて自由になるということなのかもしれません。

怒りや悲しみ、憤りなどのいわゆる「ネガティブ」と形容される感情のことを、私はわるいものだとは思っていません。ずっとその感情に支配されて抜け出せずになるのは、しんどいし、不健康だとは思いますが、出てきた感情を素直に感じて、なんでそう感じるのかを考えてみることで、自分が本当に望んでいることがわかるようになる、「わかる」に近づけるようになるのだと思います。だから、大切に味わって、私は本当はこうしたいんだ、こういう人間になりたいんだ、こういう世界を望んでいるんだ、とわかることに近づけたら、そういう感情に感謝して次に進んで行きたいと思っています。

20150908

脳内変換

【旧暦文月廿六日 白露 草露白(くさのつゆしろし)】

「引き寄せの法則」の原典となっている本『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』の原書シリーズ(*)を読み始めた相方。「これはすごい法則や!」とやや興奮気味に読んだ内容を話して教えてくれます。自分が出した波動に合う波動のものが引き寄せられて現実になるという法則があるようです。

そういえば、私は「奥さん」と呼ばれることが香川に来るまではなかったので、名前も訊かれず「奥さん」で済まされるたびに「どうして一人の人間として扱ってくれないんだろう」「女は奥にひっこんどくもんってか…」みたいに、ものすごーく反発を感じていました。その頃は、本当に失礼なことを聞く人が現れたり、女だからとバカにされたり、「もう田舎なんかやだー!!」と思うようなことがよく起こっていました。

でもだんだん「奥さん」と呼ばれるのにも慣れてきて、「相手はそれ以外に呼ぶ言葉を持っていないんだからしょうがないかー」と、「奥さん」を「相方さん/お連れさん/パートナー」に脳内変換して聞くようになったら、気持ちが少し楽になってきました。そうしたら、不思議と、私を「お連れさん」「相方さん」と呼んでくれる人に会うことも出てきました。

「奥さんと呼ばれる」という思考に強いネガティブな感情を抱いていた頃は、その思考がたびたび現実となっていて、その後、「奥さんと呼ばれる」という思考には無感情になって、脳内変換で「相方さん、お連れさん」などと変換して晴れやか気分になっていたら、そっちが現実になるようになっていったという、これも引き寄せの法則にばっちし当てはまっているかもと思いました。

よく、怒りや心配、悲しみなどのネガティブな感情は良くないから出さないほうがいいみたいな論調がありますが、感情を押し殺しても、潜在的に残っているようでは、結局表出させているのと同じ結果を招くし、押し殺していることで増幅するようだともっと大きな力を持ってしまうようです。感情は自分が本当は何を求めているのかを知るためのセンサーとして役立てて、しっかりと向き合い、本当に求めていることがわかったら、そちらを選びとる思考をして、わくわく、うきうき、心地よい気分でいたらよい、ということで、なるほどー、奥が深いなーと思いました。

言われて嫌だな、と思っていることがあったら、こう言われたいな、と思うことに脳内変換してみることは、「引き寄せ」的には結構いいのかもしれません。

*原書シリーズは以下の通りです(日本語訳よりも原語のほうがダイレクトに伝わる感じがするので、英語が読める方には原書を読まれることをおすすめします)

The Law of Attraction: The Basics of the Teachings of Abraham

The Vortex: Where the Law of Attraction Assembles All Cooperative Relationships


Money and the Law of Attraction: Learning to Attract Wealth, Health and Happiness

20150905

天井の穴をふさぐの巻

【旧暦文月廿三日 処暑 禾乃登(こくものすなわちみのる)】
天井にもともと空いていた穴。越して来てすぐ、ダンボールをクラフトテープで止めて蓋をしてとりあえず応急処置。1年半くらい経ったある日のこと、ぴろーんと剥がれてきてしまいました。天井でねずみさんが駆けている音も聞こえていたので、急遽天井張りをすることに。

貼る前の写真を撮り忘れましたが、途中はこんな感じでした。


相方が見つけてあった九州産ひのきの板を天井に打ち付けていきました。私は脚立を押さえ、板やくぎを渡します。上を見ながらくぎを打つのはかなりキツイ体勢。金槌で叩くたびに天井裏から土ぼこりが落ちて来るし、相方は当初、やけくそ気味に。でもだんだん慣れて来て、上手に打てるようになってきたら、「やっぱり(無垢材の天井は)きれいやな〜。このまま全部行ってまうか!」と強気発言でしたが、たぶん途中でまたやけを起こしそうだったので止めました。


こんな感じで穴はきれいに塞がりました〜。全部この板で貼るとしたら、いくらかかるかな〜。集成材やベニヤ板は安いけれど、接着剤に有害物質が含まれていることがあるし、貴重な熱帯雨林を破壊していたり、現地の住民をむりやり立ち退かせたりしていることがあると本で読んだことがあるので、使う木材はなるべく、FSC認証のものか、国産など、出どころがわかるものにしたいと思っています。

20150902

ちくちく

【旧暦文月廿日 処暑 禾乃登(こくものすなわちみのる)】

田んぼが黄金色に色づきはじめ、稲刈りが終わった田んぼもちらほら見られるようになりました。雨が続いて、秋が深まる今日このごろ。雨音を聞きながらちくちく縫う時間は、静かで心穏やかなひとときです。ゆっくり手で縫うと少しずつ完成に近づくだけに、できあがったときのうれしさは格別で、できた服を着ていても、着てもらっているのを見てもうれしい気持ちになります。

さてさて、最近のちくちくはこんなのができあがりました。

早川ゆみさんの本『種まきびとの絵日記 はるなつあきふゆ』に載っていたタイの農民服。相方の羽織ものにと無理やり長袖にして、ラミー(麻の一種)の布で縫いました。

ボタンはタグアナッツとメープル
余ったラミーでノースリーブ部分を、形見わけでいただいた小紋の反物でスカート部分を作りました。

ボタンはチェコの古い貝ボタン
ギャザーを寄せるのは初めてだったので難しかったけど、できることが増えることは楽しいことですね〜。

早川ゆみさんの本、とっても素敵な本で、宝物です。私もこんな暮らしがしたいなぁと夢が膨らみます。

20150825

豆乳を飲み過ぎるとあせもが出る?

【旧暦文月十二日 処暑 綿柎開(わたのはなしべひらく)】

今年の夏は、相方のあせもがひどかったです。珈琲とアルコール類、スパイス類をとると、てきめんにあせもがひどくなったので、やめました。それでも出るので、去年は落ち着いていたのになんでだろう?と、去年と違うことを挙げてみていたら、豆乳ヨーグルトを始めたので、豆乳を大量にとっていることが思い当たりました。豆乳ヨーグルトはいったんやめて、豆乳もやめてみると、2〜3週間くらいで症状が落ち着いてきました。

大豆は身体を冷やすとよく言うので、夏はとってもいいんじゃないの?と思っていたのですが、どうもアイスを食べたときと同じ身体の反応が起こるみたいです。ある日のこと、私はあせもがないので、あまっていた豆乳を水がわりにがぶがぶ飲んでいたら、汗が大量に出て、暑くて苦しくなりました。今日はそんなに暑いのか?!と相方に聞いてみると、「え〜今日はそうでもないで〜」という返事。気温が下がった夜も、私だけ汗をかき続けていました。

アイスなどの冷たいものをとると、内蔵が冷えるので、身体は身体を温めようとして、食べる前よりも暑く感じるようになるそうです。若杉ばあちゃんの本によると「大豆はその性、寒なり」と江戸時代の文献にあるそう。豆乳を大量に飲んだ私の身体の中がかなり冷えたので、温めなければ!と身体が反応して、ものすごく暑くなったみたいです。身体の熱がたまるとあせもが出るらしく、私みたいに汗をばーっとかける人はあせもにはならないけど、汗が出にくい人はあせもが出てしまうのかもしれません。

一個人の人体実験の結果なので、あくまでもご参考まで。豆乳ヨーグルトだったら大丈夫なのかどうかはまだ試していないのですが、発酵しているので、豆乳そのものよりは身体を冷やさないのではないかと思います。でも、まだよくわからないので、あせもがひどくなると恐いし、ということで、しばらく控えようと思っています。お豆腐はお味噌汁にして温めてから食べたら大丈夫でした。納豆も大丈夫そうです。

20150821

deep remorse

英語学習用の週刊の英字新聞の訳を作成するお仕事をさせてもらっています。今週のトップが、戦没者式典での明仁天皇のお言葉でした。記事では、「深い反省」(deep remorse)というお言葉がrare (まれだ)としか書かれておらず、「戦争をしない国 明仁天皇メッセージ」という本で、天皇のこれまでのご発言を読んだばかりだったので、「えー?これまでも何度もおっしゃっていたじゃないの」と内心ツッコミつつ、訳を書いていました。

調べてみたら、ほとんどの日本語の新聞でも初めてだ、としか書かれていませんでしたが、東京新聞の以下の記事ではきちんと、過去にも天皇が「深い反省」とおっしゃられたことに触れているだけでなく、ほかにも注目すべき部分も書かれていて、さすがは東京新聞!と思いました。

「大戦 深い反省」 天皇陛下 踏み込んだ「お言葉」(東京新聞 2015/8/16)

声なき人の心に寄り添うというお気持ちが貫かれていて、かっこいいなぁととても心を打たれました。

『政治のしくみがわかる本』(山口二郎・著)と『聞かないマスコミ 答えない政治家』(池上彰・著)を読んで

【旧暦文月八日 立秋 蒙霧升降(ふかききりまとう)】

最近読んでよかった本を紹介します。

●山口二郎さんの『政治のしくみがわかる本 (岩波ジュニア新書)

政治のしくみがわかる本 (岩波ジュニア新書)

政治の目的、民主主義とは何か、戦後の日本の政治の流れがわかりやすく書かれています。著者の静かな熱が感じられるところが、よくある解説本と違うと思いました。

20150818

『里海資本論』を読んで

【旧暦文月五日 立秋 蒙霧升降(ふかききりまとう)】

里海資本論』を読みました。

里海資本論 日本社会は「共生の原理」で動く (角川新書)

移住して身近になった瀬戸内海の取り組みが多く出てきたので、特に興味を引かれて購入したのですが、事例の紹介がとにかくおもしろい、わくわくするものばかりで、帯の推薦文の通り、希望がわいてきました。里山資本主義の焼き直しでは全くなくて、新しい内容が盛りだくさんでした。