20170511

豊かさは知恵と考え方から

ウルグアイのムヒカ元大統領のことを「世界一貧しい大統領」と紹介されているのをよく見かける。ムヒカさんはいつ見てもすごくいい笑顔で、素晴らしいスピーチをされ、哲学の感じられる深い言葉を語られるので、「貧しい」という形容は目にするたびに違和感を覚えていた。

たとえば以下のような本が出ていて、「ムヒカ」さんで検索して出てくるほとんどの本には「世界一貧しい」といった形容が入っている。
世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ


世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉

お金はそんなにたくさん持っていないかもしれないけれど、見た目も貧相には見えず、心はとても豊かに見える。こんなふうに紹介されるのが「ムヒカさんは嫌じゃないんだろうか?」と思って、書店で見かけた「世界一貧しい大統領」の本をパラパラとめくってみたら、「私は貧しいのではなく、今あるものに満足しているだけ」というようなことを語られていた。

20170504

子どもを生む理由

子どもを生む、それはなんのためか、というのをよく考えてから親になったほうがいいのではないだろうか。それが、子どものためでもあるし、自分のためにもなると思う。

私は、自分で自分を満足に生きられるようにして、この世で生きていくのがおもろくてしかたなくて、他の生命にもこの幸せを体験してもらいたい、と思えるようになるまでは、子どもは生まないことにしている(過去に詳しく書いた記事)。

20170427

「オヤジ」とは何か

身近な人にも「オヤジフォビア」(oyaji-phobia: -phobiaは「~恐怖症、~嫌い」の意味)と言われるほど、オヤジが苦手だ。そもそも「オヤジ」とは何なのだろう。

ちなみに、世間的なカテゴリーとして「オヤジ」に分類される中高年男性が嫌いなのではなくて、オヤジの要素が嫌いで、女性でも若者でもオヤジっぽい面を出されると不快を感じる。

20170420

20170413

プライドなんか捨て去ってしまえばいい

プライドは死を招く大罪。

ふと、この言葉を思い起こすことがある。ロシアのタイガの中で、人間本来の力を失うことなく自然とともに生きる女性について書かれた本『アナスタシア』(*)に出てきた一節だ。

誤りや過ちを素直に認められないというのは、どうしてなんだろう?と時折、考えさせられる。事実はどう考えてもそうとしかとれないのに、どうしても認めようとしなかったり、都合のよいように解釈して話をそらせたり、逆上したり。単純に、「あ、その点はいけなかった、ごめんね」と認めて、次からはどうするのかを考えたらいいだけのことなのに、なんで認められないんだろう、と不思議に思う。

20170406

「話せばわかる」は幻想ではないけれど

人が何かを理解する速度というのは、人によって大幅に開きがある。一回言えばわかる人もいれば、5回目でわかる人もいるし、何回言ってもわからない人もいる。